パンピー図鑑|丸山 沙知子 ― ずっと自分を観てきたから、人のことも観られる

自分のことは、考えているだけでは分からない。

何かをやってみて、

「これはできる」「これは苦手」
「この人といると心地いい」
「この環境はちょっと苦しい」

そんな経験を重ねることで、少しずつ自分の輪郭が見えてくる。
人と関わる中で、相手のことも知っていく。

「さってぃ」こと丸山沙知子さんのこれまでを、
「自分を観ること」と「人を観ること」からたどる。


PROFILE

氏名:丸山 沙知子(さってぃ)
活動エリア:東京都内
肩書き:会社員/Webデザイナー/イベント企画・運営

主な仕事・活動内容
派遣社員として営業事務をしながら、Webデザインやイベントの企画・運営などにも関わっている。ロゴ・名刺・チラシなどのデザインから、イベントの企画、空間づくりや装飾まで幅広く活動。現在は、コミュニティ「Echo」の副社長の立ち位置として、誰かの「やってみたい」が叶う機会をつくることにも取り組んでいる。

これまでの経歴・経験
幼い頃からのスポーツ経験を経て、スポーツ系の専門学校へ進学し、スポーツショップでのアルバイトや全校約千人規模のスポーツ大会の実行委員などを経験。その後も接客・販売をはじめ、ダイビングのインストラクターや職人など幅広い仕事や環境を経験してきた。現在は、これまで増やしてきた「できること」を活かしながら、どこで、誰と、何をすることが自分にとって心地いいのかを模索している途中にある。

好きなこと・趣味
ドラマ・映画鑑賞、カラオケ、ネイル、自己分析、猫、アロマ、ものづくり、など。


人の中にいるけれど、少し引いて観ていた

幼い頃の彼女は、かなりの人見知りだった。
祖父母や親戚とも話せないほどで、家族の誰かの後ろにいて、代わりに答えてもらうこともあったという。

最近、実家で幼少期のビデオを見返した。

家族で出かけた映像では、楽しそうにはしゃぐ姉の隣で、彼女はほとんど無表情で歩いていた。

本人も、当時はあまり笑わない子だったと振り返る。

ただ、友達がいなかったわけではない。
むしろ、放課後はいつも何か予定があった。

児童館へ行ったり、マンションの駐車場や公園で活発に遊んだり、習い事へ行ったり。友達の家にもよく遊びに行った。

ただし、いつも同じ子と一緒にいるわけではない。

「特定の子と遊ぶんじゃなくて、『今日はこの子、今日はこの子、今日はこの子』みたいな感じで」

いろいろな人と一緒にいる。

でも、自分から「この人とずっと一緒にいたい」と強く求めていたわけでもない。

本人は、その頃の距離感をこう表現する。

「自分から求めないけど、寄ってくる子を拒むこともしなかった」

小学校高学年になると、クラスの中でグループができたり、誰かがいじめられたりする場面も出てくる。

しかし彼女は、どちらか一方に入ることはなかった。

いじめられている子にも普通に接する。
いじめている側の子たちとも普通に接する。

中学生になってからも、複数のグループを行き来していた。

本人にとって、それは特別な立ち回りではなかった。
ただ、周りでは人同士が近づいたり離れたり、グループの中で揉めたりしている。

そんな関係を見ながら、小学校高学年の頃には、すでにこんなことを感じていた。

「人間ってめんどくさいなあ」

人が嫌いだったわけではない。
むしろ人の中にはいた。けれど、その関係を少し引いた場所から観ていた。

小学校の担任から、卒業時の手紙に「頑張って人を集めているわけではないのに、自然と人が集まってくる」という内容を書かれたこともある。

それを読み返したとき、彼女自身も「いや、確かにな」と思ったという。
人の中にはいるけれど、どこかひとつに寄りすぎない。

そんな距離で、人と関わっていた。


ノートは、自分と話す場所だった

高校では、テニス部に入った。

練習も上下関係も厳しく、高校生活の多くを部活動に使った。

クラスには友達がいて、部活にも仲間がいる。
そして、なぜか人から相談されることが多かった。

「頼ってくれる人はたくさんいた。相談されることもめちゃくちゃあって」

頼られること自体は嫌ではない。

「頼られてる自分も嬉しかったし」

だから、人の話を聞く。
誰かのために時間を使う。

その一方で、本人は当時を振り返って、「人に尽くす時間を優先して、自分に向き合うことを後回しにしていたかも」と話している。

周りに人はいる。
相談もされる。

でも、自分の気持ちをそのまま話せる場所は多くなかった。

モヤモヤしたとき、吐き出す場所がない。
そこで始めたのが、ノートに書くことだった。

頭や心でその時感じていることを、とにかく書く。
そして、一度書いたものを読み返す。

「悩みとかをノートにバーって書いて、それを客観視した状態で読んで」

さらに赤ペンを持ち、自分が書いた言葉に返事をしていく。

「自分のことを、なんか、他人のように観てた感覚」

人のことを少し引いた場所から観ていた彼女は、自分のことも、少し離れたところから観るようになっていた。

高校1年生の頃から、ノートに何かを書くこと自体が好きだったという。

誰かに勧められたわけではない。
自分で思いついて始めた。

「私の考える中では、ノートしか逃げ場がなかった。だから、ノートに書くっていう作業はすごく自分の支えだった」

当時は、それくらい必要なものでもあった。

家族にはあまり話さない。
友達にも、自分のことを何でも話すわけではない。

一方で、「彼氏」という存在の人には話すことができた。

自分のことを好きでいてくれて、向き合ってくれると思える相手だったからだという。

誰にでも自分を見せるわけではない。
ただ、「この人なら大丈夫」と思える相手には話すことができる。

それでも、誰にも話せないときには、ノートに書いた。

書いて、一度自分から離して、読み返す。
ときには赤ペンで、自分の言葉に返事をする。

誰かに話す代わりに、ノートの上で自分と話していた。

誰かに相談したり、アドバイスをもらったりすることもある。
でも、最後にどうするのかを決めるのは自分。
ノートに書いて、時間を置いて読み返すことで、自分が求めていた答えに気づくこともある。

ノートは今も、自分と話す場所なのだ。


「大人無理」と思った高校時代

高校2年生の文化祭前、彼女は突然、校内放送で呼び出された。

向かった先には、学年主任とテニス部の顧問がいた。

担任から、「クラスの男子(彼氏)と話してばかりで、文化祭の準備をせずにサボっている」という内容が顧問へ伝わっていた。

けれど、本人の認識では事実とは違う。

文化祭の準備には参加していた。
何が起きているのか分からないまま、強く怒られた。

「何言われてんだろう、私」

そのときは驚きが大きく、「涙も出ない」状態だったという。

「呼び出されてこんな状況になってること自体が、ショックだったし、びっくりした」

その場では反論もできない。

そして、弁明する間もなく、顧問から「もう部活来なくていいから」と言われる。

彼女の中では、

「あ、もういいや」

と、何かが切れた。

その後、先輩から「大丈夫?」と声をかけられる。
そこでようやく、自分の側から事情を話した。

「事実ではないんですけどね」

実際は、女性担任からの僻みから、嘘の告げ口をされていたという。

先輩が顧問に伝えると言ってくれたことで、部活には戻ることになる。

ただ、この出来事はそこで終わらなかった。

こんな仕打ちを受け、文化祭の前夜祭には当然気持ちが向かず、「トイレにでも籠もってようかな」と逃げた。

結局、教師に見つかって連れ戻される。

その途中、事情を直接知らない別の教師から、「やらかしたみたいだな」という言葉をかけられた。
自分のことを知らない人たちの間でも、話だけが共有されている。

そこで、彼女の中に残ったのが、

「大人無理」

という感覚だった。

この出来事を境に、人を観るときの基準が少し変わった。

この人は信頼できるのか。
距離を置いた方がいいのか。

翌年、その教師が担任になる。
彼女は距離を取り、三者面談以外では徹底して一言も話さなかった。

一方で、高校1年生のときの担任とは違った。

放課後に話を聞いてもらったこともあり、自分を気にかけてくれていると感じられる相手には話すことができた。

「大人だから」ではなかった。
自分のことを知ろうとしてくれる人なのか。そうではない人なのか。

高校時代の経験は、その違いを観るきっかけにもなった。


外に出て、「大人」の見え方が変わった

高校卒業後の進路を考えたときも、明確な夢はなかった。

「自分の道を自分で決めるのがめちゃくちゃ苦手で、将来の夢とかも全然浮かばないタイプで」

やりたいことも特にない。
自分に何が向いているのかも、まだ分からない。

大学か、専門学校か。

親とも話しながら、スポーツ分野の専門学校へ進んだ。
そこで学校に通いながら、スポーツショップで働く。

全校規模のスポーツ大会の実行委員にも関わる。
イベントの企画や運営にも触れる。

最初から「これを仕事にしたい」と決めていたわけではない。

分からないから、経験してみる。

彼女は、この時期を振り返って「資料集め」と表現する。

「バイトだったり、スポーツ大会の実行委員だったりとかでいろんな経験ができたから、生きていく上での、自分自身の資料集めみたいなのができた」

「資料集め」

この言葉は、彼女のこれまでをよく表しているように思う。

何になりたいかは、まだ分からない。
でも、経験すれば判断する材料は増える。

これはできる。
これは苦手。
これは楽しい。
これは違う。

答えを先に決めるのではなく、材料を増やしながら自分を知っていく。

そして、接する大人も変わった。

専門学校には、学校所属の先生だけでなく、外部から来る講師も多かった。
実際に社会で働いている人たちと接する。

そこで、高校時代に抱えていた「大人無理」という感覚にも変化が出てくる。

「ただ箱の中で生きてる大人が嫌いだったのかもって思って」

嫌だったのは、「大人」という存在すべてではなかった。
環境が変われば、出会う人も変わる。

そして、

「あのときみたいな大人になりたくないんだなっていうところで整理がついて」

次に出てきたのが、

「かっこいい大人になろう」

という考えだった。

努力して、それがちゃんと成果や行動に出る人。与えられたことだけじゃなくて、自分にできることを考えて動く人。人の気持ちに寄り添える人。嘘や偽りなく生きている人。そういう人って、かっこいいなって思う

高校時代に「あんな大人になりたくない」と思ったからこそ、自分はどんな大人になりたいのかを考えるようになった。

嫌なものを知ることも、自分を知るための材料になる。

学校の外に出て、人と会い、働いてみる。
その一つひとつが、自分を知るための「資料」になっていった。


「必要とされる人間ってかっこいい」

高校のテニス部では、活動の中で掲げられていた言葉があった。

そのひとつが、「社会で必要とされる人間になること」。

高校にいる間よりも、卒業してから、その言葉が頭の中に残ったという。

「必要とされる人間ってかっこいいなって」

それは、働き方にもつながっていった。

アルバイトに行けば、人一倍頑張る。

お客さんから好かれるような接客をする。
社員からも好かれるような働き方を意識する。

携帯販売をしていた頃は、とくに分かりやすかった。

彼女には、なりたい店員像があった。

「いい接客する店員さんっているじゃないですか。あんな人になりたかった。」

そのために、毎日寝る前には必ずカタログを見る。

「携帯販売してる時は、毎日寝る前にカタログ絶対見ながら寝てて」

お客さんは、必ずしも自分の困りごとをきれいに言葉にできるわけではない。
だから情報を持っておく。

相手の話を聞きながら、

「こういうことでお困りですか?」
「それとも、こちらですか?」

と探っていく。

自分の中に材料が多ければ、目の前の人を観るための手がかりにもなる。

経験を増やし、自分の中の「ネタ」を増やす。
それが、相手を理解するためにも使われていた。

一方で、「必要とされる」という感覚は、仕事だけの話ではない。

「自分じゃなくてもいいポジションは好きじゃなくて」

誰でもいいのではなく、自分を信頼して、頼りにして、自分を必要としてくれる人を大切にしたい。

「信頼して、頼りにしてくれて。求めてくれる人たちは、特に大事にしたいなって思う」

必要とされる自分でいたい。
そして、自分も大事にしたいと思える相手と関わりたい。

仕事と人間関係の両方に、その感覚がある。


「できる」と「心地いい」は、同じじゃない

社会に出てからも、彼女は、与えられた仕事だけで終わることが少なかった。

会社に入って気づいたことがある。

「与えられた仕事以上のことをやろうって思う性格だった」

自分の担当が終わり、手が空けば別の部署も手伝う。

「本当はこの部署なんだけど、手が空いたらこっちの部署も手伝いますね、みたいな働き方をしてきた」

周りと同じだけやれば仕事としては足りている。

それでも、

「もっと私できるぜ、みたいな自分もいる」

辞めることが決まっている会社でも、最後まで契約を取ろうとする。

いろいろな職場で、そういう働き方を続けてきた。
できることが増えれば、自信にもなる。

ただ、今はその働き方そのものにモヤモヤもある。
求められている以上のことをやっても、それがそのまま評価されるとは限らない。

それを人に相談したら、「手を抜けばいい」と言われる。

でも、

「手を抜くことができなくて。だってできるんだもん」

できるから、やる。
やれば、できてしまう。

でも、それを続けることが、自分にとって心地いいとは限らない。

「どうしたら、気持ちよく社会で働けるかっていうところが現状難しくて」

本人は現在について、

「行き詰まっている状態」

とも話している。

友達と会社をつくることを考えることもある。
もっと自由な環境をつくり、それぞれの強みを最大限に活かして、誰かの役に立つ。

そういうイメージはある。

でも、「誰とやるのか」「何をやるのか」を考えると止まる。

できることを増やしてきたからこそ、次に出てきた問いがある。
「何ができるか」ではなく、「どこで、誰となら、気持ちよくできるのか」。

その答えは、まだ見つかっていない。


「わがまま」から始まるもの

仕事とは別に、彼女はイベントの企画や運営にも関わってきた。

人と一緒に何かをつくることも、その経験のひとつだ。
今後について話していると、外向けのイベントをまたやりたいという話になった。

そこで出てきたのが、以前の”わがまま文化祭”への思いだった。

「私、あの文化祭にめちゃくちゃ未練があるから」

第1回の開催時、彼女は体調を崩し参加ができなかった。

もう一度やるなら、ただイベントを開催できればいいわけではない。
関わる人自身が「やりたい」と思っていることを大切にしたい。

「本当に心から、参加する人が100%やりたいと思うこと以外はやりたくない」

自分がやりたい。
誰かもやりたい。

だったら一緒につくる。

「わがまま」という言葉から始まった活動も、そんな関係の中にある。

「やるからには、本気で、優先度高く、ちゃんとみんなで向き合って」

そうやって「体育会系な感じでイベントを一本成し遂げる」ことを、もう一度やりたいとも話す。

一方で、すべてを熱量高くしなければいけないわけではない。

「カフェイベントは、継続したい。あの、ゆるりと話せる場所は、やっぱあった方がいいなって」

本気でひとつのものをつくる時間もある。
ただ集まって、ゆるく話す時間もある。

ひとつの正解に合わせるのではなく、そのとき一緒にいる人たちが心地よく関われる形を探している。


自分のことも、相手のことも知る

インタビューの終盤、「やりたいことを見つける」という話をしていたとき、彼女はこんなことを言った。

「やりたいことを見つけるってなった時に、多分、おのずと自分が見えてくると思わない?」

何かをやってみる。
すると、自分ではできないことが出てくる。

「やりたいなーって思って走り出したはいいけど、『いや、これできねえな』って」

そこで初めて、

これは苦手なんだ。
これは自分ではやりたくないんだ。

と分かる。

だったら、誰かに頼る必要がある。
でも、誰に頼るのかを考えるためには、今度は相手のことを知らなければならない。

「自分は何が好きで何が嫌いで、この人は何ができて何ができなくて、みたいなところまで見なきゃいけなくて。」

自分を知ることだけでは、終わらない。

自分ができないことが分かったら、それを一緒にできる人を探す。
そのためには、その人が何を好きで、何ができて、どんな人なのかを観る必要がある。

だから、彼女は「経験すること」を大事にしている。

「自分を知るっていう意味では、いろんな経験をして、いろんな感情を得た方がいいと思う」

振り返れば、ずっと同じようなことをしてきた。

高校時代には、ノートに感情を書き、自分を他人のように観た。
専門学校では、アルバイトやイベントを「資料集め」のように経験した。
仕事では、自分が求められた以上のことまでやる人間だと知った。

そして今は、「できる」と「心地いい」が同じではないことにも気づいている。

人との関係についても、

「さらけ出してた方が気持ちいい人間関係作れるよなって思う」

と話す。

誰とでも深く付き合うわけではない。
自分を出しても大丈夫だと思える相手とは関係をつくる。
そうではない相手とは、少し距離を取る。

そして、何かを一緒につくるなら、
「相手を観る」ことが必要になる。

自分を観る。
経験する。
また自分を観る。
そして、人を観る。

彼女が積み重ねてきた「できること」の先にあったのは、何でもひとりでできるようになることではなかった。

自分にできないこと。
やりたくないこと。
心地よくない場所。

そういうものまで含めて、自分を知ること。

そして、自分だけではできないものを、一緒につくれる人を知ることだった。


ただ、今後の働き方については、まだ答えが出ていない。

友達と会社をつくるのか。
別の働き方を探すのか。
今ある活動を違う形にしていくのか。

そこは、まだ決まっていない。

でも、これまでと同じように、何かを経験すれば、またひとつ「資料」が増える。
そのとき感じたことを観れば、今まで知らなかった自分がまた少し見えるのかもしれない。

自分のことも、人のことも知りながら、

「どこで、誰と、何をするのか」

その答えを、今も探している。


本人から

事前インタビューで、今回の記事を通して伝えたいことについて聞いたとき、彼女は4つを挙げている。

「自己理解の大事さ」
「周りに頼ることの大事さ」
「経験することの大事さ」
「コミュニケーションの大事さ」

そして、この記事を読んでくれる人について、こう話していた。

「私自身を知ってもらえたら嬉しいのはもちろん、みんなにとって生きやすい環境を見つけてほしい。そこで私が力になれることがあるなら頼ってほしい。私の経験が他の人のためになったらいいな。」


編集後記(インタビュアーより)

話を聞いているあいだ、さってぃは何度も、自分の過去を少し離れたところから眺めるように話していました。

「あれは嫌だった」
「これはできる」
「でも、これは心地よくない」。

ひとつひとつの経験を振り返りながら、自分がそのとき何を感じていたのかを確かめているようでした。

印象に残ったのは、専門学校時代の経験を「資料集め」と表現していたこと。

仕事も、人との出会いも、うまくいかなかったことも、自分を知るための材料になっている。
だから今回も、これからの働き方について何かひとつの答えが出たわけではありません。

それでも、自分のことを観て、人のことを観て、「どこで、誰と、何をするのか」を探している。

そんな今の彼女を、そのまま残しておきたいと思ったインタビューだった。

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