パンピー図鑑|鴨田 知久 ― 違和感があったから、自然に立ち返れた

── 自分と向き合い続けてきた、鴨田知久さんの実例から

仕事を続けてきたけれど、どこかで「このままでいいのか」と感じている。

大きな不満があるわけではないし、日々は回っていて、やるべきこともこなしている。
それでも、自分の中にだけ残る、説明しきれない違和感がある。

そんな人に向けて。

この記事では、軽貨物運送業を起点にさまざまな経験を重ねてきた彼が、進みながら、立ち止まりながら、自分の状態と向き合い続けてきた時間をたどっていく。

何かを成し遂げた物語ではない。
答えを見つけた話でもない。

ただ、自分から離れすぎていた感覚に、もう一度触れていく過程を、一人の実例として記録していく。


プロフィール

名前: 鴨田 知久(かもだ・ともひさ)
活動エリア: 東京都
主な仕事・活動内容
軽貨物運送業を起点に起業し、複数の法人運営に携わってきた。現場に入りながら経営を行い、人を雇い、事業を回す立場を経験。現在は経営を続けつつ、仕事との距離や関わり方を見直しながら、自分の状態を整える時間も大切にしている。

これまでの経歴・経験
学生時代から音楽・スポーツ・パフォーマンスなど幅広い活動を経験。
社会に出てからは飲食業、夜の仕事、運送業などを経て、軽貨物運送業で収入を伸ばし、会社設立・事業拡大を行う。
一方で、順調に見える時期にも違和感を抱き、入院をきっかけに立ち止まる時間を経験。
現在は、進むことと立ち止まることの間で、模索を続けている。


違和感の正体が、まだ分からなかった頃

振り返ると、違和感は「何かが起きる前」からあったそう。

うまくいっていないわけではなかった。
生活は回っていて、仕事も続いていた。

ただ、どこかに説明できない引っかかりが残っていたという。

忙しさの中に埋もれてしまいそうな、ほんの小さな違和感。
気にしなければ、通り過ぎてしまう程度のものだった。

「胸のところで、ずっと引っかかってる感じがあって」

「何かが足りない」というほど、はっきりした感覚でもない。
「このままでいいのか」と問い直すほど、切実でもなかった。

それでも、彼の中から違和感が完全に消えることはなかった。

仕事をしているとき。
一人になったとき。

ふとした時、胸の奥に残り続けていた。


順調に見える時期にも残っていたもの

軽貨物運送業に戻り、まずは収入を上げることだけを考えて働いた。

現場に入り、案件を回し、人を増やす。
稼働表を埋め、数字を積み上げていく。
月収は伸び、会社を立ち上げ、売上も増えた。

やるべきことは明確だった。
やった分だけ、結果も返ってきた。

数字だけを見れば、順調だった。

ただ、その日々の中で、ふと立ち止まる瞬間があった。

現場の調整を終え、頭の中が静かになったとき、胸の奥に説明しきれない重さが残る。

それは、強い不満ではなかった。
「やめたい」と思うほどでもない。

ただ、静かに引っかかり続ける感覚だった。

しばらくしてから、その感覚を振り返るように、彼はこう言っている。

「これ、俺じゃなくてもよくない?」

仕事は回っている。
現場も成立している。
自分がいなくても、同じように続いていく。

価値がないわけではない。
意味がないとも言い切れない。
生活は守れていたし、感謝される場面もあった。

それでも、「自分がそこにいる理由」だけが、少しずつ見えなくなっていく感じがあった。

自分の存在が、その仕事に重なっていない

順調であることと、自分としてそこに立っていることは、同じではなかった。

そのズレは、忙しさの中でも、消えずに残り続けていた。


自分で選んでいるつもりだった

違和感を抱えたまま、彼は外に答えを探しに行った。

経営の勉強を始め、交流会に出て、たくさんの人の話を聞いた。

仕組み、組織、人脈、再現性。
会社を作るうえで必要な知識は、確かに増えた。

いい話が来ると、「それは良さそうだ」と思って動いた。
数百万円を自己投資したこともあった。

ただ、後から振り返ると、そこには一つの偏りがあった。

「人の話を聞きすぎてた」

頭の中が、自分の声よりも、誰かの意見で埋まっていた。

「いい話が来ると、パッて飛びついちゃってた」

それは必ずしも、自分が本当にやりたかったことではなかった。

「やった方がいい」
「成果につながりそう」
「暮らしが安定するかもしれない」

そんな計算が先に立ち、胸の奥で感じていた小さな重さを、見ないふりをしていた。

そのことに、後になって気づいた。

「これは俺の人生じゃなかった」

そう言葉にできたとしても、その瞬間に何かが変わったわけではない。

ただ、自分で選んでいると思っていた人生が、いつの間にか人の声で動いていたという事実だけが、静かに残った。

そしてその状態のまま、立ち止まらずに走り続けていた結果が、あとから体のほうに出てきた。


立ち止まらざるを得なかった時間

救急車で運ばれたのは、長年の無理が重なった末だった。
腹部の激痛に加え、息がうまく吸えなくなった。

ベッドに横になり、目を閉じる。
呼吸をしようとしても、空気が途中で止まる。
身体を動かそうとしても、力が入らない。

その状態のまま、頭の中だけが動いていた。

仕事のこと。
家族のこと。

「ちゃんと生きているつもりで、そうでもなかった時間」

「まだ死にたくない。まだ死ねない」

強い恐怖というより、終わらせたくない感じに近かった。

その直後、もう一つの感覚も同時にあった。

「いつ死んでもいい」

どちらかが正しいわけではなかった。
生への執着と、死の受容が、同じ場所に重なっていた。


思いが先に走っていた頃

入院を経て、「やりたいことをやって生きていこう」と思った。

勢いはあった。
思いも、言葉も、構想もあった。

退院後、彼は短期間のうちに複数の会社を立ち上げた。
美容と健康。
営業代行とイベント。
仲間とのサプライズ企画。

どれも、頭の中ではつながっていた。
「こうありたい自分」も、はっきりしていた。

ただ、現実は追いついていなかった。

すべてを同時に動かすほどの余裕はない。
時間も、体力も、判断の精度も足りていない。

知識はある。
学んできた実感もある。
それでも、動こうとすると体が止まる。

「知識はあるけど、体が動かない」

やりたい気持ちだけが先に走り、実感がまったく伴ってこない。

「やりたい」と「できる」のあいだに、埋まらない空白があった。

その空白は、努力が足りないからでも、覚悟が弱いからでもない気がしていた。

ただ、今の自分の状態と、やろうとしていることが合っていない
そんな感覚だけが、はっきり残っていた。


考えなくなったことで残ったもの

変化のきっかけになったのは、筋トレだった。

理由は特別なものではない。
過去を振り返ったとき、比較的、苦なく続けられていたことを思い出しただけだった。

筋トレをしている時間、考えごとが止まる。

回数を数える。
呼吸に意識を向ける。
それ以外のことが、頭から外れていく。

最初に変わったのは、見た目でも結果でもない。

「これだけやっていればいい」と思える時間ができたことだった。

同時に、瞑想も始めた。

呼吸に意識を向け、聞こえてくる音を、そのまま受け取る。

何かを整えようとしない。
意味を探そうともしない。

彼はこの時間を、こう振り返っている。

「結局、考えないことで、自分を見つけられるみたいなね」

何かを足したわけではない。
答えを出したわけでもない。

考えるのをやめた時間の中だからこそ、あとから残っていた感覚だった。


しなくなった反応、行かなくなった場所

変わっていったのは、行動そのものよりも、反応だった。

以前は、人の言葉にすぐ引っ張られていた。

怒っている人を見ると、その感情が自分の中にも残る。
理由は分からないまま、疲れていた。

今は違う。

聞こえてはくる。
けれど、刺さらない。

「怒っているな」と認識して、それで終わる。

誘われても、行きたくない場には行かなくなった。

理由を説明しない。
正当化もしない。

その変化を、彼はこう言っている。

「あ、これ違うかもっていうのを、弾いていったんだよね」

選んだというより、反応しなくなったに近い。

胸が重くなるかどうか。
それだけを基準にして、あとは手放した。

何かを増やしたわけではない。
ただ、反応しなくなったものが、少しずつ増えていっただけだった。


空気みたいな状態でいる今

考えなくなった時間が増え、反応しなくなったものが増えていく中で、彼の状態は、少しずつ変わっていった。

何かを決めたわけではない。
目標を立て直したわけでもない。

ただ、無理に動かなくてもいい時間が、日常の中に残るようになった。

今の状態をどう表すかと聞くと、少し考えてから、彼はこう言った。

「空気みたいな感じ」

前に出るでもなく、消えているわけでもない。

何もしていない時間も、動いている時間も、どちらも同じ重さで、そこにある。

以前は、目標がない自分を許せなかった。
何もしていない時間に、どこかで焦りが出ていた。

今は違う。

「何もしてない自分に点数つけるなら、100点かな」

まだ定まってはいない。
迷いがなくなったわけでもない。

ただ、答えを出そうとして、自分から離れていく感じが、前ほど起きなくなった。

それを彼は、「整った」とも「たどり着いた」とも言わなかった。

ただ、自然という言葉で呼んでいた。


本人から

違和感って、考えて分かるものじゃないと思うんですよね。

理由を探したり、答えを出そうとすると、逆に分からなくなる感じがあって。

だからモヤっとした感覚が出てきたときは、呼吸に目を向けてみてほしいです。

深く考えなくていいし、整えようとしなくていい。

ただ、
吸ってるな、とか、
吐いてるな、とか、
その感じを見てみる。

「今、ちゃんと息できてるかだけ見てみて」


編集後記(インタビュアーより)

この時間は、何かを証明するためのものではなかった。
答えを出す話でもなかった。

何を増やしたかより、何を手放したかを確かめている途中に見える。
今も探しているというより、今いる場所を静かに確かめている。

そんな時間だった。

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